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追悼 橋本真也選手

 よる9時のニュースを聞いて、体から力が抜けた。なんだって、脳内出血だって。私と同じ世代なのに。同じ世代の尾崎豊が死んだときと同じくらい衝撃を受けた。

 三銃士の中では、橋本がいちばん好きだった。キックがかっこよくて、私もまねして酔っ払ったときに電信柱にキックしてみたりしたものだ。

 新日では本隊で、外敵を倒す役目。それが小川選手に負けてから、ずるずると追い詰められ、やがて新日を離れることになった。そのあと苦労した。

 橋本、おまえのことは忘れはしない。デブでも強い男がいたことを、息子に教えて、伝えていくぞ。さようなら橋本。

間瀬憲治さんの現在の活動

「さよならがおしえてくれる」まで聖子さんの曲を作曲していた間瀬憲治さんは、現在Sun,salt&timeというユニットで活動中だ。現在の間瀬さんに興味のあるかたは、ひとつCDを購入してみてはいかが。
 「Jasmine」や「空にキスをするように」などの名曲を、私たちはずっと忘れない。

上田知華 CD【究極のベスト】発売

ほとんど入手困難と思われていた歌の数々が簡単に入手できるようになった。05年6月に上田知華 CD【究極のベスト】が発売されたからだ。30年にわたる長期の活動のため、全貌が見えにくくなっていた上田知華ワールドを知る絶好のチャンスだ。上田知華さんがわかれば、後期の佐藤聖子さんの楽曲も見えてくるにちがいない。
 前に日記で書いたけど「パープルモンスーン」なんて、前からほしくて探していたけれど、あきらめてた。それが突然入手可能になったのは衝撃だ。

やはりCDドライブとの相性

sonic stageがCDドライブ交換で動きはじめた話

SONIC STAGEの不具合について、パソコン屋の店員さんと話していたら、たぶんCDドライブとの相性の問題だと推定していた。やっぱり、そうだったのか。ただし当方はNEC製のドライブでうまくいかなかったので、いちがいにどのメーカだからよいとはいえない。当方はノートパソコンなので簡単につけかえできないので残念。

ほかの音楽読み込みソフトでは、こんな話きいたことないぞ。

星のいない週末...中止

 土曜日は朝から激しい雨が続いた。そうだ、今夜は「星のいない週末」の感想でも書いてみるか。大雨で新幹線が止まったニュースも流れていることだし。

 と思っていたら肝心の雨がやんでしまった。気が抜けてしまったよ。またこんどの大雨の土曜日に持ち越しだ。

未知との遭遇

 私の精神病の友人にこんな人がいる。外出していると、突然「家に帰りなさい」という幻聴が聴こえて、その命令にしたがって帰宅してしまうのだ。その人はいつも幻聴の命令に動かされているという。

 それを聞いて、私は「未知との遭遇」を思い出した。あの物語の前半は、精神病患者がモデルになっているのだ。たぶん正解だと思う。

毎週3時間生動画

 最近、ときどき、加藤いづみさんのニッポン放送のネット放送を
聴くことがある。ネット放送は、動画だから、ようするにテレビだ。
毎週金曜日18:00-21:00に放送している。

 加藤いづみさんの動いているようすなど、これまで見たことも
なかった。せいぜい2、3年にいちど行くライブだけが、動いている
いづみさんを見れるチャンスだった。そのようすを目に焼き付けて、
何年かを過ごすのが普通だった。
 
 それが、最近では、毎週3時間動いているいづみさんを見ることが
できる。親しみが増すのはうれしいけれど、何だかもったいないと
いうか、照れくさいというか、これでいいの、という感じ。

 ゼイタクな悩みなんでしょうな。

Macで十分

 ここ5年くらい、私はWindowsパソコンばかり使ってきた。ソフトが
充実してるとか、周辺機器が充実しているとかいう理由だ。
でも、その優位性はいまでも続いているだろうか。

 ソフトに関しては、付属のソフト以外で、いま使っているのは、
ただひとつホームページビルダーのみだ。それも最近はホームページ
よりもブログの更新が主なので、あまり使わない。
それにMacでもホームページ作成ソフトはいくらでもある。

 マイクロソフトオフィスは、まったく家庭で使ったことがない。
会社の機密管理のおかげで、会社のパソコンのデータを家に持って
かえったことがないからだ。

 周辺機器も最近は、ほとんど使わなくなった。プリンタなんかないし、
MOも使わないし、デジカメも3年に1回しかつかわないし。
本体のDVD-RWさえあれば大丈夫だ。

 現在ではWindowsの優位性なんかない。Macで十分だ。

sonic stage - パソコン破壊ソフト

 sonyのネットワークウォークマンなどの製品に付属している
sonic stage(ver2.xx)は、sony以外のパソコンで使用した場合、
深刻な不具合が出る場合がある。使い続けていると、
OSが破壊され、貴重なデータがすべて消えてしまう。

 リッピングのときに不具合が出る。私の場合は、
リッピング開始数十秒後に、CDドライブが
読みっぱなしの状態になってしまった。
この状態からCtrl+Alt+Delも利かず、
一切のキー操作を受け付けなくなった。
やむをえず電源キーを押してリセットをかけた。
これを5、6回繰り返すとOSが立ち上がらなくなり、
貴重なデータがすべて失われた。

 消えたデータは、友人へのただひとつの連絡手段である
メールアドレスであったり,引退した歌手の貴重なビデオで
あったりする。とてもウォークマンごときの値段に
は代えられないものだ。

聖子さんとの約束

 いまから11年前、地元の放送局の出口で、聖子さんに会うことができた。
そのときの会話
れっとらか:「もう何回も聖子さんのコンサートに行ったんです」
聖子さん :「あっそう。こんどはたくさんの人を連れてきてね」

 あのときは、無力で何もできなかった。
 でも、いまはちがう。ファンサイトによって、ファンの集まる空間を作っている。
 やっと聖子さんとの約束を、すこし果たしているのかなと、最近ときどき思う。

躁うつ病の人と出会いたい

 私はうつ病ではなく、躁うつ病だ。うつになった状態はうつ病と似ているが、気分の不安定な感じはちがう。

 躁うつ病の人のブログを探しているが、なかなか見つけられない。マイナーな病気なのか。

 躁うつ病の人がいたら、ぜひとも、コメントやトラックバックをお願いしたい。

SEASON

 聖子さんのアルバムのなかで、いちばん出来がよいと思われるのが「SEASON」だ。ちょうどいまの季節に聴くのに最適。聖子さんの青春の思いがよく伝わってくる。歌とは関係ないが、髪形もこの当時がいちばん好き。聖子さんのすばらしい写真がいっぱい詰まったジャケット、すてきな歌がぎっしり詰まった赤いCDは、佐藤聖子ファンにとって最大の宝物だ。

 このアルバムの魅力は、周到な準備なしには、とても語りつくせないが、とりあえず述べてゆくと、1曲目から3曲目までの並びがよい。まず「PEACH TIME」。ここでリスナーを一気に恋しているときの高揚感に持ってゆく。つぎの「二人のEXTRA-SHOT」は最高に楽しい恋の歌。そして「Jasmine」高いところから、切ないところまで一気に落とす爽快感がすばらしい。

 あと、もうひとつ魅力をあげれば、後半の聖子さん作曲の7分29秒の大バラード「悲しいだけの二人じゃなくて」だろう。感情にどっぷりつかってしまう快感がある。同じ悲しみにひたるなら、仕事がうまくいかないとか、お金が足りないとか、そういう俗世間の悲しみじゃなくて、大失恋のような純粋な悲しみにひたってみたいものだ。まあ、私は離婚裁判して、別れの悲しみにどっぷりつかって、精神がおかしくなったのだが。

 最後の「Lucky Gray」もすばらしい。恋愛と自分の職業の選択というのは青春の2大テーマだ。そこに正面から取り組んだというところがいい。もはやオッサンとなってしまった私の心は動かせないが、青春時代には私も感動した。

生きてるだけで丸儲け

 毎日のように朝から晩まで「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」と叫んでいる私を見て、心優しい人は、「生きてるだけで丸儲けっていうじゃないか」とかいって励ましてくれる。とてもありがたいことだ。

 「生きてるだけで丸儲け」という言葉の起源は何だろう。Webで調べてみてもわからなかった。いちばんよく覚えているのは、明石家さんまに息子ができたとき、「生きてるだけで丸儲け」にちなんで「いまる」という名前をつけたということだが、それくらいしかわからない。

 河島英五に「生きてりゃいいさ」という歌がある。「よろこびも悲しみも立ち止まりはしない」という。私は、この歌は無邪気すぎると思う。もっと不幸のどん底のようすを歌ってほしかった。たとえば病気、ケガによって障害者になり、一家離散で月収4万円とか、たとえばガンで余命3ヶ月とか。そういう人はたくさんいて、根性で生きている。そんな人たちの前で「生きてりゃいいさ」を歌えれば、もっと共感できただろう。まあ、河島英五は死んだけど。

 でも「生きてるだけで丸儲け」とか「生きてりゃいいさ」という姿勢には、とりあえず学ぶべきところがありそうだ。

ポイントキャストの亡霊

ブログをはじめてから、自分のブログからRSSが送れるようになった。そこで、RSSリーダーを使ってみたいと思い、goo-RSS-リーダーをインストールしてみた。

 RSSリーダーが作動して、いきなりパソコン全体の挙動がおかしくなった。最新型なのに。そしてはじめたことは、読みもしない大量のニュースのダウンロード。裏でコソコソやるならともかく、大きな負荷をマシンにかけるのは危険なので中止した。

 RSSリーダーの見かけは、まるっきりポイントキャストにそっくりだ。ポイントキャストは、5年前に中止になったプッシュ型のサービスで、黙って回線につないでおくと、空き時間に勝手にニュースをダウンロードしてくれるという機能があった。そのポイントキャストが墓場からよみがえったのだ。

 RSSリーダーがポイントキャストと同じ使い方しかできないのであれば、すぐ捨ててしまいたいが、そうでもあるまい。RSSリーダーもいくつか試してみて、使い心地を確かめたい。

眠る妻

 病気の妻がいまどうしているか気になっている人はいないだろうか。答えは一日中ほとんど眠っている。

 朝7時に起床。こどものご飯を作って送り出したあと、8時には再び眠る。11時ごろ起き出し、昼ごはんを食べて、再び眠る。夕方5時ごろ起き出し、晩ご飯を作って食べたあと、テレビをみて、8時には風呂に入り、9時就寝。掃除など食事以外の細かい家事は、週末に訪れる母親に任せている。

 一時期のようなひどい妄想や、奇怪な行動は収まったので、病気の治療という点では、満点に近い成績だと思う。でも、半分寝たきりになってしまったのは残念だ。元気だった妻はやっぱり帰ってこない。

雨が聴こえる-2

 すこし前までは初夏の暑い日が続き、「Jasmine」を聴くことが多かった。7月に入るとともに本格的に雨が降り出し、「雨が聴こえる」を聴くようになった。

 たしか前にも「佐藤聖子アンコール!」の日記で「雨が聴こえる」のことを書いたことがあるはずだ。調べてみると、2001年6月28日に記載があった。あのころは、ちょうど統合失調症の妻と離婚裁判をしていた最中だった。

 あのときの離婚裁判については、なかなか文章にできないごたごたが多く、結果として私の躁うつ病が悪化した。だれに見られているかわからないこんなところでは、文章にできなくて悔しい。もう死にそうだ。

 さて、「雨が聴こえる」だが、雨の季節に一番似合う歌といってよいだろう。「全曲感想集」には、未知の恋愛に対する思いを歌っていると書いてみたが、そうではなく、夫婦などの極めて親しい間柄の人に対する思いを歌っていると思うようになった。なぜかはうまく説明できないが、そんな気がする。再び妻と結ばれている今の私の気持ちが反映されているのかもしれない。


フェイドアウト

 今日、Internet Archiveで、「佐藤聖子アンコール!」の過去の状況を調べた。開設後3年で4万ヒット、5年で5万7千ヒット(ユニークアクセス)。つまり03年の聖子さんの引退前は年間1万3千ヒット、引退後は年間8千ヒットだ。

 原因として大きいのは、聖子さんの人気が、フェイドアウトしていることだと思われる。聖子さんについて話すべきことが、だんだんなくなってきている。掲示板の登場人物が減っている。それに引退して一気にファンの期待が失われたと思う。さみしいことだ。
 
 また、ヒット数の低下は、私が病気で寝たり起きたりしていることも原因だ。とくに、03年から04年にかけて、療養施設に入って、ろくにネットができなかったことが大きい。

 それでも、この2年間は年間8千ヒット、日当たり23ヒットを安定して維持している。「佐藤聖子アンコール!」は、聖子さんのことをいつまでも忘れないようにがんばっていきたい。

メンヘルサイトは難しい

 私は躁うつ病患者で、現在会社を休職中だ。したがって、どのようにして心身を直し、社会復帰できるかが最大の関心事だ。

 そう思ってネットのメンヘル系のサイトを読むときもあるのだが、あんまり面白くない。私の家は、妻も統合失調症で、夫婦そろってメンヘルなんだが、そういうサイトを作ってはみたものの、面白くなくて、すぐにつぶした。

 おそらくその原因は、本当のことを言えてないんじゃないかと思う。あまり世間にむかって公表できる話はない。ネットはある程度匿名だとはいっても、対警察、対会社ということを考えるとネットでいいたい放題はできないと思う。

 あれから数年、こんどはブログの時代になってきたので、ネットでどんな交流の楽しみがあるか試したい。

ガンがおでんで治るか

たった今、NHKのアニメ番組をみていたら、正義の味方おでんマンが、おなかの中にいるガンをやっつけるという内容だった。なにを考えているんだ。おでんでガンが治るか。ガン患者をなめている。

トートロジー

 中古レコード店に行くと、一般のCDとは別に、高いところに誇らしげに展示されているCDがある。ブルーハーツのCDだ。価格は3千から4千円。ほかの中古CDが500円くらいで売られているのにくらべて別格。さすが時代の一点を突破したバンドだ。

 しかし、私には、むかしから納得できない歌詞がある。それは、世界のまん中という曲の「生きるということに命をかけてみたい」という歌詞だ。カンのいい人はわかっただろうか。そう、この歌詞はトートロジーなのだ。

 トートロジーとは常に正しい命題のことだ。AはAであるとか。関西の人は「目は人間のまなこなり」というギャグを知ってると思うが、あれもトートロジーだ。

 「生きるということに命をかけてみたい」について考えると、生きているのは命があると同じ意味だから、いいかえると「生きることに生きることをかける」になる。これは、生きていることが真でも偽でも常に真になる命題だ。つまりトートロジーということになる。

 それなのに、むかしからみんなは「生きるということに命をかけてみたい」って感動するいい歌詞だね、といってきた。なんで気がつかないの。感覚だけで理解して、論理が働いていない。もっと注意したい。
プロフィール

れっとらか

  • Author:れっとらか
  • 私は佐藤聖子ファンで
    躁うつ病と闘っています
    妻は統合失調症です
    「佐藤聖子アンコール!」も
    よろしく
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